日々のこと

I'm becoming this all I want to do.

意味

春の
生き物たちが起き出しているその横を
遠慮がちに走り
木と木の間をくぐり抜ければ
なんだか全てのことには
意味があるような気がしてくる
 
花の咲くことや
散ること
枝の生え方や
葉脈
切り株の同心円
 
走った後の荒い呼吸
誰かの体温
繋がれない手
年々少しずつ
強まる日差しの色
 
僕は小説でも書いてみようかと思い
自然には背を向ける
人間を見なくては
人間
人間ってなんだろう
今まで見てこなかった存在が
急に目の前に現れたようだけれど
僕が見ているのは
果たして
人間なのか
そうじゃないのか
僕の見ている行為は
意味があるのか
ないのか
 
無意味なものが恋しくなってきて
無意味に叫びながら
夜中の春を
駆け抜けてゆく

雨の降り出す気配は何となく分かる
いつ降り終わるかは予想できない
ただ
いつかはやむという事実だけが
胸の中の森にはあって
そんなぼんやりとした感覚の中
雨が葉を濡らす音を聞きつつ
黒く染まっていく地面を眺めている
 
 
いつかの恋の始まりは
予測できず
いつか終わることだけを
知りながら
私は街を歩いていた
五月
透明な壁に囲まれた街を
いつか出よう
いつか出ようと
呪文のように唱えて
ポケットの中の小銭は
街を出るための電車賃には
いつもギリギリ足りていない
ひとつ、ふたつ
数えて、足りなくて、また数えて、また足りなくて
パンとミルクを
買いに出かけて
終わる一日
終わる一月
終わる一年
終わる一生
 
やんだだろうか
森の動物達の
動き出す気配で
そうか
夏が
来るはずだと
そうしたら
壁の向う側にある
海を見に行こう
いつかの約束のように

震えと痺れ

震えと痺れは何が違うのだろう
父親と会う時、恐ろしさのあまり体が震える
母親と会う時、緊張のあまり頭が痺れる
 
(いいぞ)
(その調子だ)
(今だ)
(いけ)
 
タイミングが合わない
 
高速バスのターミナルには
いくつもの死が埋められている
その上を
毎日のように
何台ものバスが
行ったり来たり
新天地に旅立つ人
故郷へ帰る人
夢破れて帰ってきた人
新しい生活をこの地で始める人
人、人、
 
その下には
どこにも行けないもの達が
埋められているというのに

性欲

走っている最中に
下ばかり見ていると気が滅入るから
上の方を見るようにする
空や
鳥や
雲の類い
そして萌木の
凝縮された生命力に
包まれたいとだけ思う
それでも
とうの昔に失われたはずの性欲が
なぜか起き上がってくる
それには目をそらして
所々に見える春の息吹としての
みどりの塊へと
そこには性欲に似た
しかしもっと生命力に満ち溢れたものが
 
ああ
開放されたがっている
下腹部が重たい
胎内回帰願望だろうか
こんな俺では
自然と一つになることなんて
できっこないのに

呼吸

新緑の公園を一人歩く
思い切りする深呼吸
切り裂かれる陽の光
まだ誰の肺も通っていない空気を
私が一番乗りをする
美味しい
つまり、二酸化炭素が少ない
独り占めをしている
空間、時間、私自身
 
二酸化炭素は不要なんだ”
そう母に告げた時
「植物にとっては必要なの」
と優しい母は教えてくれた
でも人間にとっては不要なのに
「誰かにとって不要なものでも誰かにとっては必要なんだよ」
と博識な父は教えてくれた
人間は
きっと地球には不要なのだけれど
他の星にとっては必要なんだろう
 
赤は早熟の色
青くない春
 
赤茶けた森
ソバカスだらけの顔
人参色の髪
血塗られた道
朝焼け
 
「朝ごはんまでには帰ってきなさい」
時間に厳しい祖母が言っていた
もう一度深呼吸をする
体内の古いものは押し出されて
新しいものが取り込まれる
私の一部だった
なにか、が
失われたのだろうか
口の中は
鉄の味がした

始まり

ここがこの記事の最初の行だ
最初に書かれた言葉は(日付とタイトルは別にして)↑である
だんだんと言葉は蓄積されてゆく
古いものが上に溜まってゆき、新しいものが下へ積もってゆく
新しいものが下に増えてゆくが
これも『蓄積』と呼べるだろうか
 
古い言葉たち
 
言葉は生きていて、日々新しく生まれ変わる
そのため、残されているのは死んだ言葉だけ
死ななければ、言葉は歴史に残ることができない
だから、僕は日々生まれ変わる言葉を殺し続ける
歴史上に膨大な言葉を残すために
その巨大な言葉たちは
宇宙に存在する素粒子の総数よりも
遥かに巨大で
下へ下へと伸びてゆく
そして、やがて地獄とも呼ばれる
地の底にたどり着くだろう
それでやっとだ
やっと、救済と復活は果たされる
全ての死んでしまった魂に
全ての死んでしまった言葉たちに

理由

僕には
生きるべき理由がない
死ぬべき理由もない
あるのは
書きかけの小説
読みかけの詩集
締め切りギリギリに出した短歌
明日の分の生活費
 
明日なくなったら困るものがないっていうのは
生きるべき理由がないってことかもしれない
明日なくなっても死ぬことはないだろう
仕事や電気やガスや家や金が
明日なくなっても死ぬことはないだろう
そうやって失ったら死んでしまうものがないということが
そのまま生きるべき理由がないことにつながるんだ
 
生活に追われるというのは楽なもんさ
積み木で積み上げたビルディングみたいに
そいつを崩すのは快楽だけれど
一度手にした安定を手放すのは惜しい
苦しい、苦しい、と思いながら
生活の奴隷になってしまえという
誘惑と闘っている
 
何かに負けた気になっていて
いつの間にか勝負に巻き込まれて
一体何と闘っているのか
もし僕の中に
温かな血が流れていなくとも
僕は真っ赤な夕日に涙することができるだろうか
僕の中にある
悲しみや
喜びは
嘘っぱちにはならないだろうか
 
僕のこの
生きなくてはならないという
確信めいた幻想の
源泉は何なのだろうか
生物としての本能が
理性を上回っていて
自ら死を選ぶことができない
 
そうして未だ聞いたことのない
潮騒の思い出が
内に残り続けている限り
僕は生き続けるのだろう
この肉体が
ホルマリン溶液に漬けられて
皮膚がじくじく沁みてきて
思わず流した涙が
海へと還っていく時に
僕は海に生まれてしまったことを嘆きながらも
母の胎内から
この世界へと飛び出そうとした
その生きようとした強い決意を
やっと思い出すことだろう