日々のこと

I'm becoming this all I want to do.

フェルミ推定

 痩せろ痩せろという声が煩い。いや、誰かが言ってくるというわけではないのだが。ただ頭の中でいつもこの声が響き渡っている。雑誌とかテレビとか、目に見えないコンセンサスみたいなものだろうか。誰が決めたのだ、適正体重とやらを。多分会ったこともない偉い人達だ。あるいは私が所属していないコミュニティの人達だろう。
 本来私にプレッシャーをかけてくれるはずの彼氏という存在はもう一年以上いない。まあ、彼氏がいたら痩せる努力をするかというと、そんなことはないけど。私は自分に甘い。では他人に甘いかというとそうでもない。というより、他人に興味がない。他人が何を食べて、体重何キロをキープしているかなんてどうでもいい。自分が他人からどう見られているということだけに興味がある。だから周りの人達が哲学的ゾンビだとしても全然構わない。むしろそっちの方が気が楽かもしれない。いや、やっぱり私自身がゾンビの方が。もういい、この話を考えるといつも混乱してくる。全員ゾンビになってしまえ。
 脂肪1kg減らすには7200kcal消費する必要がある、と3ヶ月で辞めたスポーツジムのインストラクターが言っていた。じゃあ、1ヶ月で2kg痩せるにはどのくらいの食事と運動をすればいいのだ。えーと、私の場合は基礎代謝が1200kcalくらいで、それ以外に通勤で30分歩いているから100kcalくらい?それに食事をするだけでカロリーが消費されるんだっけ?そうすると一日の消費カロリーは大体1700kcalくらいか。それで朝にパンを食べて、昼はお弁当で、夜は簡単に済ませるとして、摂取カロリーはと、あっでも外食や飲み会も週に一回か二回やるとして、ええと、そうすると、ああ、めんどくさい。私は思考実験とやらも嫌いだが、ただ単純に記録をつけていくという作業も大嫌いなのだ。今食べた分・飲んだ分だけ体重が増えるということくらいしか分からない。
 思いついて水道水をグラス一杯ぐいっと飲む。これで体重は200g増えたはずだ。分かりやすい。グラス一杯のお水の分だけ、私を構成する分子だか原子だかの数が増えた。そういえば昔読んだ本のコラムに、グラス一杯の水の中にもクレオパトラを構成していた水分子が入っているという話があった。お水200gの中には水分子がX個入っていて、地球上に存在する水分子の数がY個で、人間一人あたりに含まれる水分子の数がZ個なので、もし水分子が世界中に均等に散らばっているとしたら、このグラスの中には、X掛けるZ割るY個のクレオパトラを構成していた水分子が含まれているとか何とか。フェルミ推定っていうんだっけ。なんか違うな。とにかく、今私の体の中にはクレオパトラが入っている。
 でも、どうも嘘くさいなと思ってしまう。いくら世界が繋がっていたとしても、はるばるエジプトからわざわざこんな極東の片隅にクレオパトラの水分子がやってくるだろうか。しかも、こんな小汚いワンルームマンションの一室に。水分子だって、旅する先を選びたいのではないだろうか。それともそんなことは考えないのだろうか。分子ってやつは大した平等主義だ。分子だって原子で出来ているらしいのにね。なんで原子が集まって人間になったらこんなに不平等を好むようになってしまうのだろう。いや、やっぱり水だってきっと不平等主義だ。このグラス一杯の水は、先週私の汚れを落としたシャワーの水で出来てる。あまりに私が汚かったから、水分子は復讐のために巡り巡って私の元に帰ってきたのだ、きっと。
 もう一杯だけ水を飲む。この飲んだ水の分だけ体重を落とさなくては。あれ、でも水をたくさん飲んだほうが良いんだっけ。なんかそんなこともインストラクターが言っていた気がする。よく覚えていない。クレオパトラもダイエットとかしたのだろうか。多分したのだろうな。王様の食事って豪盛だから、何もしないとすぐ太っちゃいそうだし。私もダイエットを頑張るか。体の中のクレオパトラに励まされながら。