完璧な歌について
完璧な歌とはなんだろうか。
村上春樹じゃないけど、『完璧な絶望が存在しないように』、
完璧な歌なんて存在しないのかもしれない。
そもそも、この世の中に完璧と呼んでいいものがどれほど存在するだろうか。
それでも初めて聞いた時、「あっ、これは完璧な歌だ」と思った歌がある。
それはU2の「Stuck In A Moment You Can't Get Out Of」('All That You Can Leave Behind'に収録)だ。
All That You Can't Leave Behind
- アーティスト: U2
- 出版社/メーカー: Interscope Records
- 発売日: 2000/10/31
- メディア: CD
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繰り返すようだけど、
この歌のイントロを聞いた瞬間に「完璧だ」と思ってしまった。
思わされてしまったと言ってもいいかもしれない。
イントロのドラムが始まった瞬間、
自分がこの歌にのめり込んでいることが分かった。
自分自身がまるでこの歌の一部になってしまったような錯覚を覚える。
そのままAメロBメロと続き、サビでボノが
「You've got to get yourself together
You've got stuck in a moment and you can't get out of it」
と歌い上げる。
そこで歌詞も分からずにそのまま一緒に口ずさんでいる自分がいた。
そのまま歌は最後まで続いていく。
いつ歌が終わったのか、
いや、いつ歌が始まったのかすら分からなくなったまま、
ただ心地よい感覚が体に残されていることに気づく。
アルバムではそのまま次の曲に移るのだが、
そこで巻き戻して同じ曲をリピートして聞いている。
この曲の何が完璧なのかというのを上手く説明するのは非常に難しい。
イントロのドラムなのか、メロディなのか、コード進行なのか、ボノの歌声なのか、コーラスなのか、バンドの演奏なのか、韻の踏み方なのか、歌詞そのものなのか。
あるいはその全てなのか。
自分の中にある知られざる理想と歌が一致したのだろうか。
前述した通り、
この曲は歌詞もわからないのに思わず口ずさんでしまうような、
この曲の一部に自分自身がなってしまうような魔力を備わっている。
そんな気がする。
もし、人類より上位の存在に(オーバーロードみたいな)
「今まで人類の作り出した音楽で一番の曲を教えろ」
と言われたとしても、この曲を挙げることはないだろう。
パッフェルベルの「カノン」とか、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」とか、モーツアルトとかベートベンとか、その辺りの大衆に人気があって、一番世界中の人々に聞かれている曲を挙げるかもしれない(『ハンバーガーとコーラは世界一売れているから世界一うまいものだ』の理論だ)。
あるいはシューベルトの「未完成」を挙げて、これが人類の可能性ですと言ってお茶を濁すかもしれない(断っておくけど、私はクラシックに全く詳しくはないので、異論がたくさんあるであろうことは承知している)。
それなのに何故この歌を「完璧だ」と思ってしまったのだろう。
この歌は特にアウトロの演奏がなく、ボノが
「This time will pass」
と歌って唐突に終わってしまう。
歌を聞いている時の心地よい感覚がいつまでも残って欲しいのに、
本当にあっさりと終わってしまう。
まるで人生のように。
この歌は、1997年に自殺してしまった親友のマイケル・ハッチェンスに捧げた歌らしいけど、人間は死んで初めて完璧になれるかもしれない。
なんてことすら思えてくる。
多分この歌は本当の意味では「完璧」ではないのだと思う。
ただ「完璧だ」と思わせているだけで。
この二つは大きく離れている。
アルタイルとベガくらい離れている。
多分作った本人も「この歌は完璧だ!」とは思わなかったはずだ。
この曲よりも有名な曲をU2はいくらでも作っている。
それでもこの曲は自分の中で「完璧だ」と思わせてくれた。
初めて聞いた時から今に至るまで。
この曲を聞いていると、ボノがラストで「This time will pass」と歌い終わってからすぐに巻き戻しして、曲の頭に戻るようにする。
ずっとこれが続いていてほしい。
でもこうやって、
「刹那に捕らわれて(Stuck In A Moment)」
ファウストのように
「この瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい!」
と言ったところで、
「この時もやがては過ぎて行く(This time will pass)」。
それは時間や人生と同じようにとても不完全だけど、
それを上手く歌い上げているのだと思う。
だからこそ「完璧だ」と思えてしまうのだ。
「人生は短くはかないものだ。この大盛り田舎ソバと同じだよ。一度口に入れるとその旨さと喉ごしのために、心地良さがいつまでもいつまでも続くような気がする。実際は、あっという間になくなってしまうが……」――平賀太平(第三巻「家族の瞬間」より)