日々のこと

I'm becoming this all I want to do.

二度寝と母

 二度寝
 
 二度寝は至福の時と言われているが、眠りが浅いためか、夢を見ることが多い。ほんの数十分に凝縮された希望。あるいは絶望。
 祖父の夢を見た。実際の祖父は一昨年に亡くなっている。病院。病院だけど、部屋が広かった。公民館のような。そこで、もうボケてしまった祖父が椅子に座っていて、その周りを家族が囲んでいた。家族はみんな泣いていた。私も泣いていた。明日にも祖父が死んでしまうということが、みんな分かっていたからだ。しかし、本当のところ、私の母親は泣いていなかった。泣いているふりをしていただけだ。その証拠に、少し経つと母親は泣き止み、そら恐ろしい目で祖父を睨み始めた。父方の祖父だったので、母親にとっては血も繋がってい義理の父であった。なぜ母親がそんな目で祖父を見ていたのか、何となく推察はできるけど、本当の理由は知らない。それ以前にこの母親は夢の母親であり、実際の母親ではないのだ。なので、実際の母親が祖父を恨んでおり、睨みつけていたというわけではない。ここは私の夢の中だ。となると、この母親は私自身なのだろうか。
 もうボケてしまった祖父、とは言ったが、実は祖父はボケていなかった。ボケたふりをしていた。その目には理性が宿っており、イヤホンを耳につけて何かを聞いていた。
 病室を移ろうという話になり、私は祖父の椅子を持ち上げた。とても軽い。祖父の身体を通して、祖父がイヤホンで聞いていたものが私の耳にも聞こえてくる。よく分からない落語だった。祖父は落語を聞く趣味があったのだろうか。分からない。祖父が私にだけに聞こえる声で何かを言う。それも何を言っているのか分からなかった。きっと大事なことだったのだと思う。しかし、それを聞き取ることができなかった。とても悲しい気持ちになり、涙が止め処なく溢れ出た。祖父が死んでしまうということが悲しくて堪らなかった。
 
 目を覚ました時、汗をびっしょりとかいていた。夢の中ではあんなに涙を流していたのに、目覚めた時は一滴も涙を流していなかった。これも嘘泣きと言えるだろうか。現実の表情は死んでいるのに、心の中ではわんわん泣いている。そんなことを誰かに言ったとして、信じてもらえるだろうか。
 
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 ここから違う話(書いているうちに徒然草になった)。
 
 秋。散歩日和。イチョウの並木道を娘と歩く。
 ふいに娘が私に「お母さんはどこから来たの?」と尋ねる。
「お母さんは、お母さんのお母さんから生まれてきたんだよ。あなたがお母さんから生まれてきたように」
 そう答えるが、娘は私の母を知らない。私の母は私が幼い時に亡くなったので、娘が私の母、娘にとっての祖母を見るのは不可能なのだ。というより、私自身も母のことを良く覚えていない。
 そのため、娘は私の回答がよく分かっていないようだった。自分を生み出した存在は目の前にいる。しかし、目の前の人を生み出した存在はどこにいるのだろうか。そしてそのさらに上は。際限なく世代を上り続けると、一番最初に現れるのは誰なのだろうか。その人は、どうやって生まれてきのだろうか。ある日突然この世界に出現したのだろうか。
 娘が私を見る目を見ていると、私自身がそんな存在であるような気がしてきた。私は私の母を知らない。私を生み出した存在を知らない。その事実は自己の存在理由を揺るがすのに十分すぎるほどの威力を持っており、昔はよく悩まされたことを思い出した。
「お母さん?」
 娘が心配そうに私に声をかける。
「大丈夫よ」
 慌てて娘に心配をかけさせないように答える。この世界に生まれてきたことも、生きる理由も、いくらでもあと付けはできる。そもそもそんな理由なんて、用意されていないのかもしれない。
 並木道が終わる。娘が私の手を強く握ってくる。私も少し強めに握り返す。もし娘が、自分の子供を産む選択をする日が来るのであれば、その日までは生きていこう、そう思った。