日々のこと

I'm becoming this all I want to do.

ハンガー

壊れてしまったハンガーを捨てられずに
服も掛けずに部屋で吊るしているのはなぜだろうか?
実はボロボロになった天使の羽が
引っかかっている
 
無意味だ
無意味だ
無意味だ
無意味だ
 
腰が痛い
羽もないのに飛び立とうとした罪だ
 
ある日の秘密基地には
壊れてしまった人が
ボロ雑巾のように吊るされていた
僕は怖くてそこから逃げ出した
その後にその人がどうなったのかは知らない
捨てられたのか
修理されたのか
 
目を覚ました時に
布団から眺める景色
天井から吊るされた服どもに囲まれていると
安心してしまう
死んだ後に
棺桶の中から見える光景は
こんな感じだろう
あとは燃えるだけだ
肉体も
魂も
飛び立つための羽も

斜視

目を開けるのがだるい
最近はなかったことだ
昔はよくあったんだけどね
目を閉じている方が集中して思考ができるから好きだった
多分、今も
 
眠りは一瞬のことで
その直前の記憶がない
起きる寸前の私は
腕時計をしていないから
かなり危うい
 
右目が悪くて
視野はバランスを欠いている
斜めった景色
錯視の空間
片目で見れば
時間は平坦でのっぺりとしている
でもそれが私の見える全てで
語ることのできる全てだ
 
音が気になる
匂いも
猫の鳴き声
懐かしい歌に似ている
誰だっけ? この声は
 
一番古い記憶は
生まれる前のお話
母に手をとられて歩く兄
それが私だった
兄は私で
私は兄で
そうでないなんて
誰にも証明できず
不確かな記憶と
母の手の温もりが
私の必要条件だとしたら
これもまた
私を構成する一種の公式だろう
 
私はまだ
囚われている
母の歌声と
甘い匂いの記憶に
それより以前は覚えておらず
それより以後は存在をせず
生まれてさえこなければ
目を開けずに済んだのに
余計なものを見ることもなく
記憶の中の
グロテスクな歪んだ部屋に
引きこもっていられたのに

雪豹

雪豹の子供が
母を呼ぶ鳴き声だけは
残しておいてほしかった
 
 
何もかもが奪われてしまった
増えすぎた色
多様性は
最後の審判を遅らせてしまう
 
こと
だま
 
「一番強い言葉は?」
「     」
 
無言
 
黙ることだけしかできないよ
でも
できることならば
もう一度だけ
雪豹の住む大地に
存在と言葉をごちゃまぜにして
溶けてしまいたい

身体

身体がいくつかあったら
その一つは哲学を学び
その一つは数学を学び
その一つは小説を書き
その一つは古典文学を読み
その一つは短歌を詠むだろう
 
身体がいくつあったら
その一つはつまらない仕事で身銭を稼ぎ
その一つは栄養のためにご飯を食べ
その一つは性欲の発散のために自慰を行い
その一つは酔うためだけに安酒をくらい
その一つは休息のために少しだけ眠るだろう
 
身体がいくつかあったら
その一つは健康のために走り
その一つは健康のために泳ぎ
その一つは健康のために筋トレをし
その一つは健康のために登山をし
その一つは健康のために旅をするだろう
 
身体がいくつかあったら
その一つは春には花を愛でて
その一つは夏には野良猫に餌をやり
その一つは秋にはじゃがいもを収穫し
その一つは冬には鶏を捌き
その一つは一年の終わりに瞑想を行うだろう
 
身体がいくつかあったら
その一つは歌を歌い
その一つはギターを奏で
その一つはピアノを弾き
その一つは編み物をし
その一つはその一つは絵を描くだろう
 
身体がいくつかあったら
その一つは意味もなく笑い
その一つは意味もなく泣き
その一つは意味もなく怒り
その一つは意味もなく生きて
その一つは意味もなく死に
そして死の直前に
意味もなく人生の意味を考える
 
身体がいくつかあったら
その一つをあなたの側に送りたい
何があったとしても
離れない
一つの身体が
健やかなる時も
病める時も
あなたの側に寄り添うだろう
私の心は
その身体にあってほしい

空咳

自分の空咳で起きてしまう
カーテンの開け放たれた窓
カーテンは閉めていたはずだ
うろ覚え
窓から見えるのは、少しだけ目を開けた夜空
目の前をひらりと飛び去る空蝶
昔送った空メール
 
あなたの咳がうるさくて眠れないと
妻が言う
昔喘息の彼女に僕が言った言葉そのままだ
あなたも喘息になればいいのに
呪いの言葉は
耳を通らずに
鼻から肺へと辿り着く
菌の胞子のように
肺に異物感が残り続ける
コホン、コホンと咳をする
かつて妻がしていた咳を
今僕がしている

カーテン

怖い夢を見ていた気がする
不意に夜中に目が覚め
窓の方を見てみれば
カーテンが開いていて
そこから月が見える
寝る前に閉めたはずだが
起きて閉めなくては
と半覚醒の頭で考えるが
眠気には勝てずに
そのまま再度眠りについた
最後に見えたのは
宇宙の一番底で
煌煌と輝く月と
その側を横切るサンタクロース
 
楽しい夢を見ていた気がする
朝起きてみれば
カーテンは閉まっていて
枕元に
読みかけの小説と
飲みかけの水と
さっきまで見ていた
夢の欠片のような
溶けかけの氷

二十二時

二十二時の私は
どうしてこんなにも
暗く
眠いのだろう
二十四時の私は
きっと夢の世界の住人で
朝七時の私は
明るい世界を謳歌しているのに違いないのに
 
二十二時の私は
あんまりにも眠いものだから
二十四時の私と
七時の私に
替わってほしいとお願いをしてみた
まあ当たり前だけど
にべもなく断られた
別の時間軸の私は
構成する細胞も
見えている世界も違う
結局は赤の他人同士
私たちは
 
ハロー
二十四時の私
夢の世界は如何かしら
 
ハロー
朝七時の私
明るい世界は如何かしら
 
こっちは
真っ暗な世界だし
とっても寒いし
心は死んでいるし
私はさっきまで泣いていたけれど
その代わり
数え切れないほどの星が見えるわ
いつまでも眺めていたいけど
もう眠らないと
明日の私に恨まれちゃうから
 
おやすみなさい
良い夢を
見られますように
明日は
明るい暖かな世界にいられますように
明日も
私が私でいられますように